.徒然2012年 4月記



4月 30日


今年初のツマグロヒョウモン発見。たぶん本日羽化したと思われる。
ハナミズキの花の上で羽根を動かしていた。


なんとも言えず清楚な花。白ヤマブキ。
一気に花が咲き、虫が飛ぶ。毛虫も。蜂が巣作りを始めている。

毎日更新を心掛けているが、なかなかままならず。機織りは整経中、3日目。明日こそ。

topに戻る

表紙に戻る



4月 24日


雨上がりの朝。ドウダンツツジが光っていた。清々しい。
プロフェッショナルの唯言『 山本美香氏(国際ジャーナリスト)』
日本テレビの夕方のニュースのなかで、戦場からの生のレポートを良く見ていた。佐藤和孝氏。ある時から女性が加わり、印象に残った。

中継されなかったバグダッド-唯一の日本人女性記者現地ルポ-イラク戦争の真実
この本は『「世の中への扉シリーズ」(子供向けの本)戦争を取材する』で基礎知識を得た後だったのでものすごくよく読めた。本題のとおり、扉を開けてもらった。

抽象的な問いかけで生きるすべを問うのもひとつ。具体的な物事を取り上げて、生きる現実を伝えることもひとつ。いろいろと考えさせられた春であった。街で行きかう子供たちを眺める目が違って来るかも知れない。

topに戻る

表紙に戻る



4月 24日

「僕は、そして僕たちはどう生きるか」腑に落ちぬまま数日。また、数日が過ぎ。そしてその後。

山本美香著
世の中への扉 戦争を取材する─子どもたちは何を体験したのか

山本美香氏が戦場での取材をはじめたきっかけなどの自己紹介から始まる。(小学上級から)
子供にも解かりやすいように書かれている。ということは自分にも読みやすい。借りて大正解。

締めくくりは
『平和な世界は、たゆまぬ努力をつづけなければ、あっという間に失われてしまいます。私たち大人は、平和な社会を維持し、できるだけ広げていけるように道をつくります。
そして、これから先、平和な国づくりを実行していくのは、いま十代のみんなです。
世界は戦争ばかり、と悲観している時間はありません。
この瞬間にもまたひとつ、またふたつ・・・・大切な命がうばわれているかもしれない・・・・・目をつぶってそんなことを想像してみてください。
さあ、みんなの出番です。』

ぼくの村は戦場だった。山本美香著

戦場でメシを食う (新潮新書)佐藤和孝著  

なんとも無責任な 「生きているだけでいいんだよ」 発言。申し訳ない。さて、どう生きるか。

topに戻る

表紙に戻る



4月 19日


夕刻に桜草の蕾が開きかけていた。
うちの庭の花々は何故か西向きだが、桜草は東を向いていた。

「僕は、そして僕たちはどう生きるか」腑に落ちぬまま数日。また、数日が過ぎ。
『群れが大きく激しく動くその一瞬前にも自分を保っているために』から物語りは始まっていた。そして、 締めくくりは『やあ、よかったらここにおいでよ。気に入ったら、ここが君の席だよ』と。

昔の映画で『強くなければ生きられない。優しくなければ生きてる資格がない。』というセリフを言ったのは誰だったか、思い出せないが、そういうことなのかと。

「なぜ?」と問いたくなる事件事故の多い世の中で、これから育っていく人たちに、なんとエールを送ったらよいのか(別段求められているわけではないが)。とにかく生きているだけでいいんだよ。かな。これで本当に終わりにしたいのだが、なぜこの本にこんなに引っかかっているのか、不思議だ。なぜ?それは自分の問題なのだろうか。

topに戻る

表紙に戻る



4月 17日


これも花。自然科学の世界では「なぜ?」という質問はなかったそうだが、聞きたくなる花のひとつ。浦島草。

桜が咲いた話。これは考えられた。

「不思議な『いきもの博物詩』」などの、日高敏隆氏の著書のおかげ。自分には、タイムリーなニュース。きっと宇宙の旅の距離に重要な鍵があると思う。ヒトが目的地まで電車で行くのと、飛行機であっという間に着くのとでは疲労度が違う。と、書き掛けて気が付いた。桜ではなく蝶々のことを考えてしまった。蝶々が宇宙にに行って帰ってきたら・・・。まあ、とにかく桜の花が咲くまでの数年を宇宙に行って帰るまでに過ごしてしまったということで。

topに戻る

表紙に戻る



4月 16日


いっきに新緑の世界がはじまる。白ヤマブキのつぼみも若葉に包まれていた。根元にはスミレ。蝶を待つ花。

topに戻る



4月 14日

「僕は、そして僕たちはどう生きるか」腑に落ちぬまま数日。

「君たちはどう生きるか」吉野源三郎著を図書館で借りた。昭和44年発行。平成6年38刷
18年間図書館で眠っていたような、真新しい本である。誰もきっと借りていないだろうと思われる。

この作品がはじめて出版されたのは、昭和12年(1937年)7月。日本は軍国主義に。出版、言論の不自由、大陸侵略、軍部が政治を支配、世界でも、とそんな時勢の最中。なんと、75年の歳月が流れている。 このときのコペル君14歳、お父さんは2年前に亡くなる。おじさんは大学でたての法学士。

借りた本ゆえ備忘のために記す

...............

あとがき(1969年11月・吉野源一郎)より、『「・・・・・この時代の、心配にたえない時勢、少しでも進行を食い止めたい、たとえ、それを抑えることができなくとも、せめて少年たちの無垢の心を、この悪い時代の影響から守りたい、というのが、この双書の計画された根本の趣旨だったのです。」「君たちはどう生きるか」は・・・・・大人に向かって論理を説くのと違って、少年たちに論理を説くためには特別な工風(クフウ)がいると考え、これを一つの物語りにまとめる計画をたてました。物語りの形で思想をのべようというわけです。「君たちは、」の構成は、そのようにして出来あがったのです。最初から文学作品として構想したのであったらな、また別の書きようもあったろうと思います。・・・・・・」』

...............

そして、まえがき(1956年5月・吉野源一郎)より、『「君たちはどう生きるか」−かりに、教室で先生からこう質問されたとすると、「はい」と、すぐ手をあげる人は、まず、ないでしょう。こんな本を書く私だって、いきなり、こう聞かれれば、ちょっと返事はできません。
しかし、「どう生きてゆこうか」と考えたり、「どう生きてゆくのが正しいのだろうか」と疑ったりするのは、人間が人間であるという証拠とも言えることなのです。草も木も、鳥もけものも、ただ、いちずに生きてゆくだけで、自分の生き方を問題にしたり、気にかけたりしません。人間であるからこそ、私たちは「どう生きるか」と考え、いちどその疑問にめざめると、それを心からぬぐい去ることができなくなるのです。
それは楽しいことでしょうか。いいえ、けっして楽しいことだとは言えません。みなさんも、おとなになってゆくとともに、きっと、ときどき、ただ無心に生きている草や木や、鳥やけものを、うらやましくながめることがあるだろうと思います。人間同士は、おたがいに意地の悪い気もちをおこしたり、ひとから何か言われるのを気にしたり、あさましい争いをしたりして、−それだけに「どう生きるのが正しいのか」などと考えたりして生きているのに、わか葉の樹木は、だまってスクスクと枝をのばし、静かに葉をしげらせてゆきます。自分のことも、ひとのことも。気にしていません。そのほうがどんなに美しいことか。
しかし、それを美しいと思うのも、考えてみれば、人間だけにできることなのです。人間はほんとうにふしぎなものです。そのふしぎな人間としての一生を、どういうふうに生きていったらいいのか。人間には、人間だけにしかない美しいものだって、あるはずです。人間だからこそわかる、りっぱさもあるはずです。それを、ためしに、さがしてみようではありませんか。
この本の主人公のコペル君は、ちょうど、みなさんとおないどしぐらいの少年です。コペル君も、いろいろなことに出会い、いろいろなことを考えて、この問題にぶつかりました。そして、最後に、コペル君はーー、いや、それは「まえがき」でしゃべることではありませんでした。本文を読んでいくうちに、みなさんにもわかっていただけるでしょう。」』

...............

「あとがき」「まえがき」がいかに大切なものかと思う。この本が出来た時代背景、今でも学校図書室に置かれている状況、梨木香歩氏がこの今に生きるコペル君を書いたのか、やっと、腑に落ちた。
今という時代背景がふんだんに盛り込まれてめまぐるしく思えたのも、納得。不思議とコペル君はコペル君だったのがよかった。思想書。

自分にとっては偶然だが、日高敏隆氏の自然科学の本を読みながらで良かった。ここで終わり。と。

topに戻る

表紙に戻る



4月 13日


早朝からニュース速報。4月から朝の15分ドラマは見ていないが、テレビはつけたまま。 情報番組の解説者の言葉にふっと気が付いた。
「冷静に、そして注意深く・・・」 僕は、そして僕たちはどう生きるか この本のサブメッセージだと。

15歳の登場人物の物語だが、現在の危うい社会は子供だけの問題ではない。自然環境の破壊、戦争反対の意思表示、ブルーシートのインジャは事情を抱えて公園や駅に住む人。今まで無事に生きてきた自分は確かに守られていたのだ。と。「冷静に、そして注意深く・・・」これからも生きていかなくてはならない。しかし、悲しい交通事故、行方不明の子供、何故?というニュースが毎日流れてくる。この情報にも「冷静に、そして注意深く・・・」と。

topに戻る

表紙に戻る



4月 12日


りんごを染めながら媒染材を使わずにこのままの色で織りたいと思う。
灰汁媒染をしたのと同じ状況だが。思案中


さくらさくらとさくらに目を奪われている間に、はなみずきの蕾がほころび始めている。

ドウダンツツジの提灯の様な花も見え始めた。小さな蜂も、トカゲも、動いている。

topに戻る

表紙に戻る



4月 10日


太い幹材のほうがやはり濃い色が出ている。樹皮も芯材も。
不思議でならないが、いつまで芯材から赤色が出てくるか楽しみに。


さくらが満開になり、いろいろな花が咲きだしている。
水やりの途中、花の“うなじ”あるいは後ろ姿がきれいだった。

topに戻る



4月 6日


精錬は無事に終了。
縞割りを考えながら、本を読みながら、掃除をしながら、気を集中する。

topに戻る

表紙に戻る



4月 6日


今、はまっているいるのは「不思議な『いきもの博物詩』」
「春の数えかた」からはじまって、「人間はどこまで動物か」「チョウはなぜ飛ぶか」「世界を、こんなふうに見てごらん」まで。ここ何年かツマグロヒョウモンにはまり、産卵・幼虫・脱皮・蛹に・羽化・幼虫で冬眠 みんなこの目で見た人間あるいはヒトにとって、この上なく楽しかった著書である。


4月 5日


林檎の樹皮はごつごつと硬い。まずお湯に浸し柔らかくなるのを待つ。そしてりんごの皮をむくように、ナイフで削る。その時は果実の様な薄いクリーム色。少し時間が経つと、赤くなる。それがだんだん濃い赤色になる。

←の色はその皮を水につけて置いたもの。


大嵐でも心配ご無用な庭の花ばな。強さは美しい。
園芸が心の病のリハビリになるという話。
そうかもしれない。
風に当たるのも良いだろうし。

だが、しかし、草取りは腰に良くない。要注意。


topに戻る

表紙に戻る



4月 4日

春の嵐の去った早朝、3分咲きの桜が朝日に輝いていた。

気圧の所為か、すっきりと目覚めた朝。気持ちが良い。
人間は自然界ではやはり「ヒト」なのだろう。人間はどこまで動物か読中


4月 2日

日に当たると気持ちが良い。

もう4月、なのに寒い。少々風邪気味で身体の震えが止まらない。
日向ぼっこというとおばあさんと猫の絵が浮かぶが、きっとそうなのだ。


topに戻る

表紙に戻る