.徒然2015年 5月記



5月 31日

小満 第二十四候 ...麦秋至...(むぎのとき いたる)


5月 30日


昨日は、人生諸々の先輩お二方と染織談義。
実に楽しい。誠に美味しい。

染めの準備 

シルクスクリーンの要領。
"昔とったなんとか"で手際よく進む。


ああだ、こうだ、と考えている時間のほうが長い。

この作業はほぐし織のものなのだろうか。
捺染なのだろうか。

昨日、梅雨入り。
今朝は足もとにストーブ。諸々、湿気に弱い。


5月 28日



昨日やっとツマグロヒョウモンをみた。
水やりをしているところに来て、水と戯れ、地面に止まり、水を飲んでいた。作り話のようだが実際の図。
そんなところがこの蝶々の追っかけになった所以。

カメラ設定が難しい


十両 やぶこうじ


百両 たちばな


あじさい 墨田の花火



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5月 26日



夏  小満 第二十三候......紅花栄
(べにばな さく)

説明書とメガネケース


ピント合わせの練習を
「マニュアルフォーカス」
これからUPする写真が少しは良くなるかもしれない

たぶん



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5月 25日


染めの準備 遅々と 進む 集中出来る時間が短い

時間がないのか、体力がないのか、どちらも。

いや、時間はあるはず。他の事に気を取られる。

ツマグロヒョウモンが現れない。


5月 21日


夏  小満 第二十二候......蚕起食桑
(かいこ おきて くわを はむ)

色付きを増したゆすらうめ

ご近所の緑に囲まれて


雨上がりの朝


バニーテール




染めの準備


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5月 19日


咲き揃った「アツツザクラ」.......≪咲いたよ≫と。

とんがった葉と細い茎、花びらが数枚。
たったこれだけで美しい。



この葉のぼかしも然り。


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5月 18日


絣糸つくり
こんなやり方で試してみる。「試行錯誤」中

集中出来ずに、
片付けをしたり、カーテンを取り換えたり。
水撒き、毛虫退治、等々しながらの仕事。
違うことでも体を動かしていたほうが
思いつくことがある。

この方法は、龍村展を見て、「染織技法に不可能は無し」の精神に触れ、「足元の小宇宙」の埴さんの撮影の工夫の技を真似てみた。.................「あるものでやってみる」.................

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5月 17日


前夜の強い雨のあと
雨滴を残して

写真を撮りながら皆既日食のときの陽ざしに似ていると気づく。
この時期だったのか。

早朝の庭


色づき始めたゆすらうめ
今年はたくさん実がついた


 京都の等持院の南天

もう、4年前になる
正倉院展の帰りに京都、嵯峨で
等持院の御庭で
拾った一房の実

我庭で育っている
で、今年は花が咲く。  



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5月 15日

夏  立夏 第二十一候 ...竹笋生...(たけのこ しょうず)

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5月 13日

細かい雨の朝、植物たちが活き活きとしている。アゲハ蝶の幼虫も山椒の若葉を食している。
機織りは絣を作るべく整経、はじめての試み。上手くいきますように。


5月 10日

夏  立夏 第二十候 ...蚯蚓出...(みみず いずる)


5月 8日


穏やかに 

いつもの普通の日の朝の庭を撮る
休日もいつもの日々も同じと確認しつつ

早朝の庭


三番目に咲いた下左の花弁は先が丸い
こんな隅によく咲いてくれました


ピントが合っていた花芯


ピントが合わない雪柳のたねの弾けた後

数日前のNHKテレビの「植物写真家」に刺激を受けたが。

きのこの胞子、種の弾ける瞬間、葉の先に光る水玉、
奥さんが作った野菜の動物たち、茄子のペンギンなど。
楽しい番組だった。もう一度見たいと思う

....................

次のきものの糸は決まりつつ
色もイメージしつつ
絣の割合も思いつつ
仕立てたときに思いを馳せて

もう少し


藍の今 ほぼ実物大


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5月 6日

“穏やかな休み”を過ぎ、“いつもの日々へ”

龍村平蔵作「龍村錦帯」連休の最終日 出掛ける。句読点の ○ のような1日。

初代 龍村平蔵(たつむら へいぞう) 明治九年〜昭和三七年
数々の発明と織物組織の研究・改良に取り組み、織物を芸術の域にまで高め、近代染織界に大きな業績を残す。

二代 龍村謙(けん) 明治三八年〜昭和五三年
日本の美術・文学・歴史を基盤として美学の見地から、織物美術への展開に努める。

三代 龍村元(もと) 大正十二年〜平成十七年
シルクロードに関わる美術に足場を置き、東西を問わず広く海外へ目を向けた作風を展開した。

四代 龍村旻(きよし)昭和二二年〜
異文化への衝撃とそれを取り入れた感性に感銘を受け、「南蛮美術」を主題に斬新な意匠と新しい織技を追及し続けている。

高島屋ご案内より

創業120年という大きな展覧会。とても厚みのある120年を思った。四代が重なり合い、そこに様々な係り合いがあり、それが歴史の重みなのだろうか。作品はもとより、その歴史も素晴らしかった。五代目の姿も。

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5月 5日

夏  立夏 第十九候 ...蛙始鳴...(かえる はじめて なく)


5月 2日

山本美香著 「戦争を取材する」2011年講談社出版  

2000年3月に取材『廃墟がぼくらの隠れ家さ』と記事を残している。

『『チェチェンは、ロシア連邦の端にある小国です。人口は約124万人。住民の多くは、山岳民族出身のチェチェン人です。岩手県ほどの小さな国土にはせきゆあどの豊富な地下資源が、数々の紛争の火種となってきました。
1994年、ロシア連邦からの独立を求める紛争が勃発。第一次チェチェン戦争の始まりです。ロシア連邦政府は、独立の動きを押さえるために4万人の兵士をチェチェンに送りこみ、独立派との激しい戦闘が続きました。10万人以上が犠牲になったといわれています。
ロシア軍が首都グロズヌイを制圧したことで一時は停戦となりましたが、1999年から再び紛争(第二次チェチェン戦争)が始まりました。20万人以上がイングーシなどの近隣諸国に難民となって逃れました。
2003年、ロシア寄りの政権ができましたが、大統領が爆弾テロで暗殺され、再び武力衝突が活発化。2009年に終結したものの、二度の戦争で首都グロズヌイは無残に破壊されました。
住む家を失った人、親を亡くした戦災孤児。多くの行方不明者。激しい空爆を受けたチェチェン側だけでなく、ロシア軍の兵士にも甚大な被害が生じたのです。戦争の傷跡は今も残り、不安定な状況が続いています。

面積:1万6000ku・人口:123万8000人・首都:グロスヌイ
民族:チェチェン人、ロシア人・言語:ロシア語、チェチェン語・宗教:イスラム教』』

美香さんの取材を知らなければ、昨今のニュースでチェチェンと国名を聞いても思いは至らなかった。

逮捕された兄弟が生まれたのは戦争が始まった頃。自分はその頃何をしていたのか、着物を織っていたことは確か。

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5月 1日

穀雨 第十八候 ...牡丹華...(ぼたん はな さく)


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