.徒然2006年10月記



10月27日
昨日は物を作り出す大勢の人たちの中にいた。違和感なく居心地が良かった。絵を作る人、文字を作る人、木を掘ってはこを作る人、土から人形を作る人、つぼを作る人、鉄から器を作る人、蚕の糸から布を作る人。
なぜ居心地がよかったと感じたか、きっと物を作り出すときの脳の思考回路の共通点があってそれを共有できるからではないかと思う。それぞれの手から生まれ現れるものは違っていても、その過程で同じ思いをしているのではないか、と。
では、どんな思いなのかというと、説明しきれないが、重い、思い、想い、である。その説明しきれないところが製作という手段になるのだろうか。

topに戻る

表紙に戻る


10月25日
ここ数日で急に寒くなってきた。ホットカーペットの上でみっけは丸くなったり、仰向けになったりしながら寝ている。みっけのためにと言訳をして電気を入れてしまう過保護である。猫にも人間にも。近所ののら猫たちはどうしているだろうとちょっと気がかり。どこかに陽だまりがあるだろうが。
久しぶりに近くの本屋に寄ったが、やはりつまらなかった。入ってすぐに来年のカレンダーと手帳が並んでいる。その奥に本が並んでいるが、雑誌が多い。つまらない。人も少ない。手帳は文房具屋に任せておいて、本を並べてほしいと思う。棚の設置から考え直したほうが良さそう。

吉田拓郎の嬬恋コンサートのテレビを見た。「今日までそして明日から」懐かしい。拓郎の全盛期、高校生だったと思う。私は今日まで生きてきました。誰かの力を借りて。誰かにしがみついて。私は今日まで生きてきました。そして今、私は思っています。明日からもこうして生きてゆくだろうと。

寂しい本屋の店内を歩いていて気が付いたことがある。なぜ1年があっという間に過ぎてしまうか、年々早くなるのは何故か。来年のカレンダーの販売が早いことにも一因があるのではないか、と。来年のカレンダーを見て、あっ!もう年末か?と思った。まだ、秋だよ、10月だよ、と思い直しながらも焦る気持ちもある。これが、もう今年も終わりか、と、1年の終わりを今から確認させられることで「もう終わりだよ」と1年を短く感じてしまう。どうだろうか?この考え方は。

topに戻る

表紙に戻る


10月17日

なんとかヒョウモンはツマグロヒョウモンのオスであることがわかった。以前のはメス。今回がオス。
今まで気が付かなかったのか、最近増えた蝶なのか、今になってよく見かける。
京都で梨木神社の萩の花に黄蝶が乱舞しているのが印象的だったが、「風のかたみ」の萩姫から「萩」の花をしらべていたら「萩」は別名「蝶を呼ぶ花」とある。きっと平安時代、それ以前から、萩の花が咲き、蝶が飛んで、そして、笛の音が・・姫たちがどんな服装で日々過していたのか、みんな合わせてみてみたいものだ。陰陽師がいるのなら見せてほしい。百鬼夜行は見たくないが。

topに戻る

表紙に戻る


10月14日

.....しあわせ.....を漢字変換すると.....仕合わせ.....、.....幸せ.....、と出る。自分は.....仕合わせ.....の方を好んで意識して使っている。最近、あらためて知った漢字は.....為合せ.....という漢字である。福永武彦の「風のかたみ」で福永武彦は.....為合せ.....を使っている。.....仕合わせ.....とも.....幸せ....とも雰囲気が違っているようである。
「映画の風のかたみ」をビデオで見る機会があった。映画が出来たのが1996年。よく覚えている。宣伝であまりにも原作と違うようで、その時に映画は見なかった。今から10年前。もっともっと昔のことのように思えるが、本屋で文庫本の「風のかたみ」に映画の宣伝の入った帯が付いて平置きされているのがとてもいやだった。「風のかたみ」の出版は1968年。28年経ってこんなに原作と違った映画を作ってもよいのだろうかと今になって思う。確かに主人公の大伴の次郎信親の荻姫への痛いほどの感情は表れていたと思うが。映画製作の関係者は陰陽師の方に興味が強すぎたのではないか、そんな気がする。そんなこんなで原作を読み返していて....為合せ.....に気が付いた次第。
「映画の風のかたみ」では安部清明の名前は出てこなかったような気がする。楓も登場しなかったような。よかったのは笛の音。

.......... 「あなたさまの頼る者はただあなたさまの御身一つでございます。人を頼り遊ばすな。人は遂に天涯孤独、生きるも死ぬもただあなたさま次第でございます。」...........

topに戻る

表紙に戻る


10月12日

くさぎのガクの染め色を見る。
もっと染料として手に入れたく、近所を自転車でまわったが、見つけることが出来なかった。昨年まであったところは駐車場になっていた。残念。
染料として植物の採取がなかなか大変である。空き地でも勝手に入ってはいけないし。今回も空き家だが実の房を切り取るのにご近所に気を使ってしまう。が、ほしい気持ちのほうが強く、はしごに乗って高枝鋏で手を伸ばす。なかなか届かない。こんな時は腰痛も喘息も忘れている。

topに戻る

表紙に戻る


10月10日

先日は強風で写真が“ぶれ”ていたので、本日くさぎの花を撮り直した。
くさぎの隣に色付き始めた柿の木があった。ニッポンの秋。この柿の木の落ち葉でもいい色が染まる。桜の落葉でも染まる。はなみずきの葉がこれから落ちるが集めて置いて染めてみようか。
世界中いろいろな出来事がある。今、この好きなことを続けていられる仕合わせを有難く思う日々。

topに戻る

表紙に戻る


10月8日

喘息が良くならない。朝起きた時が一番状況が辛い。
近所で見つけたくさぎの実に気持ちが動いた。久しぶりの染色だが、準備まで。何を染めようか染色は後日。もっと、実を集めないとならないだろう。

写真を撮っているときに、また蝶に出会った。きっと、なんとかヒョウモン という名と思う。これから調べてみるが。それから、毛虫にも出会った。アスファルトの通りをしっかりと歩いていた。こちらはツマグロヒョウモンの幼虫。赤と黒が目印だ。今の毛虫はこれから蝶になるのか冬眠するのか、どうするのだろう。思わずエールを送ってしまう自分がおかしい。うちはおかしい。くさぎの枝から実をはずしている時、縁側に置いておいた雑巾の上に乗りトカゲがこちらを見ていた。なんだかな。ガラス戸の中ではみっけが見ている。
先日、城間栄順:琉球紅型展を見た。沖縄に出かけたときに工房を拝見したことがある。とっても明るい工房、人も空気も、という印象が残っている。きものとなった紅型をこんなにたくさん見るのは初めてだったが、とても見事な展示会だった。蝶のデザインも多かったように思う。

topに戻る

表紙に戻る


10月2日
下ばかりみていた、土の上ばかり見て、花がきれいだ、毛虫はいないか、トカゲがいる、と。上をみると、浦和にも秋の空が広がっている。はなみずきも紅葉が始まり、その向うには今日は雨だが、秋の空が広がっている。
さて、さて、と掛け声ばかりで、一向に糸に手が付かないでいるが、頭の中、心の中ではきものに色が付いてきている。しっかりと濃い色・・・と書いたところで思い出した。喪服を織ろうと思っていたのだ。これはちょっと先送りにしよう。した。次は暖色系の濃い色のきもの、あったかそうなきものに、する、決めた。

遠藤周作の本「十頁だけ・・・」40数年まえの原稿。葉書が今は50円だが、5円だった時代のはなし。遠藤周作ならではの味わいが心地よかった。『ちょっと昔の懐かしい話題を共有できるのは癒しである。』という脳学者の話の通りだと思う。癒しの1冊のようだ。

topに戻る

表紙に戻る