.徒然2006年2月記



2月25日

サーバーの不具合で10日分くらい消えた。繋がらない間、もう終わりにしようかとも考えた。が、今日まで進んだ分、記録しておく。
千切に経糸を巻き取るところまで終了。つぎの仕事は綜絖通し。緯糸の染め重ねを検討中。

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2月13日

きものになる日が来た。この針仕事が気持ちがいい。ちびまるこちゃんのごとく、「あたしゃ、しあわせだねぇ」 ひとり言が出る。

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2月11日
整経を終える。ここまでくれば・・とまた楽観。トリノのオリンピックの開会式に感激した。全部見たわけではないがオペラ歌手のパバロッティの声にも感激した。そして思い出した。福永武彦を何度目になるか読んでいた1998年に良く聞いた。不思議に福永武彦(の書いた文章と)とババロッティは良く合うと思う。隣りの家のもくれんのつぼみが膨らんできた。今日の暖かい日差しで2倍くらいに大きくなったように見える。鳥の声も元気になってきている。春はもうすぐ。
「詩への小路」古井由吉よ読み始める。が、出だしで躓く。−刑場へおもむく道すがら、彼は踊っていた。と始まる。まいったな。

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2月8日
楽観主義者は早くも土つぼに落ちた。昨日春一番も吹かなかった。
志村ふくみさんの本の中に80歳と10歳が出ていた。昨年末だったか、年を取るごとに月日の流れが速くなるのは何故か・・・と書いた。そのとき、80歳と10歳を比べたのだが、偶然にも同じような比較の話で。

「老いてみていろいろなことがわかってきた、今私には八十の引き出しがあるの、十歳の子供には十の引き出し、歳をとると歳月が早くすぎるというけど、たしかに八十の引き出しを出したりしめたりするからいそがしいの、とくに昔の引き出しはいろんな思い出をひきつれてやってくる。でもそれはふしぎに、たのしいことばかり、若い時のよろこびを伴って。」志村ふくみ著「篝火」ひとり言より

私も今、かなりの引き出しを持っていることになる。全部を開けて確認できないが、いつか開けて見ることが出来るように、と思う。いまはまだ、“捨てたはず ”のものが出てきてしまいそうで、そっと覗く程度しか出来なさそうだ。

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2月7日
雪の朝、天気予報では春一番が吹く・・しかし、寒い。ここまでくればもうすぐ確実に暖かくなる。整経は絣を入れながらするので時間がかかるだろう。3日で出来ればよいかな。どこに絣を入れたらよいかと、頭の中で、こんがらかり、解けて、また、こんがらかり、解けて、ここまで辿り着いた、という確かな感覚がある。ひょっとしたら本当にイメージ通りの着物が織れるかも知れない、と思えてきた。楽観主義。

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2月1日

考え事をしている間(魔)に春に近づいている。きものの柄は、窓枠を見て外を見ていたが、窓枠を通り越えてみてみた。要するに窓ははずした。というか、窓枠を着物の形にした。

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