.......開花三日前の剪定の梅.......

2000年2月

春の雨はいや(しき)()るに梅の花いまだ咲かなくいと若みかも(大友家持)万葉集

染材:梅の枝

南風原会の会長の会社でこの後数日で咲くであろう梅の木を枝下ろしするという情報を得る。
早速、仕事中の携帯電話にお邪魔して「枝を持ってきて!」と懇願する。

夜7時ころ、「持ってきたよ!」の連絡あり。まだ新車のボイジャーに満杯に枝を積んで来てくれた。嬉しい!嬉しい!

ばら科 サクラ属 

つぼみが真ん丸に膨らんでいた。
白梅ということだがほんのり赤みがある。

ちょうど鍋いっぱいになる。
つぼみがこれから咲くときに刻んでしまうのはやはり少々可愛そうに思うが新しいうちに染めることにする。

枝数本は活ける。


絹糸を染める(着物の縦糸)

生繭・座繰り生糸42中6本合わせ
灰汁練りの糸

1回目の染色


中干し。思ったよりも濃い色がついた。
寒い時期に染めると色が冴えると言われているが誠にキリリとなる。こちらの気持ちがキリリとなる。
植物の持っている色素を絹糸に移してもらって感謝の気持ち。

媒染剤
左から 無媒染 酢酸銅 木酢酸鉄 酢酸アルミ

になはれてゆくうめさへもさかりなる(みやこ)の春の二月(きさらぎ)のそら(大隈 言道)草径集

我が園に梅の花散るひさかたの(あま)より雪の流れ来るかも(大伴(おおともの) 旅人(たびと))万葉集


.......梅.......

バラ科の落葉小高木。原産地は中国の四川省、湖北省とされており、中国では最も古い歴史をもつ果樹で、三国時代、魏の武帝曹操が、のどの渇きを訴える士卒に、前方に実の熟した大梅林があると伝え、口中に発した唾で一時渇きを癒したという「梅止渇」の故事もある。

日本には奈良時代に渡来し、果樹としてではなく、気品ある花の香りと色が賞賛された。
梅の果実についての記述は鎌倉時代以降で、江戸時代になると実梅の栽培も発達し、品種も数十種にのぼった。

平安時代、「梅」と記される衣料はすべて襲(かさね)の色を示すもので、染料として用いられるようになるのは室町時代になってから。

色素はカテコール=タンニンで、樹皮や細かく割った樹の煎汁を赤褐色の染色に用いた。室町時代中頃の『蜷川親元日記』に初めて梅染の名が見られ、江戸時代初期の風俗資料としても貴重な俳論書『毛吹草」には「山城の梅染、加賀の黒梅染」とあり、そして、中期の有職故実書『貞丈雑記』には「梅染、赤梅、黒梅三種あり、梅やしぶにてさっと染めたるは梅染なり、少し数を染めたるは赤梅なり、度々染めて黒味あるは黒梅なり。加賀梅染といふは、加賀の国より出る梅染の絹なり。梅染めとは梅やしぶといふものにて染むるなり。赤き色に黄味ある色なり」と記されている。

赤梅はカルシウムか明礬カルシウム発色、黒梅は鉄発色によるものと思われる。なお、「梅屋渋」は、梅の芯材と榛の木の樹皮を一緒に煎じたもので、染め上がりは、柿渋を引いた酒袋に似た風合いになる。

未熟な梅の実を藁火で燻蒸乾燥したものに烏梅がある。からすうめ、ふすべうめとも呼ばれ、昭和初期の国語辞典『大言海』では、梅はこの烏梅を薬用として中国から取り寄せたのが最初であるとされている。<吉岡幸雄著・自然を染める・参考>

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