.....あかね.....

2001年3月


渡良瀬セーリングクラブの艇庫近くのあぜ。
初冬に地上部分は枯れてしまい、枯れたつるが笹に巻き付いている。
つるが切れてしまわないように手繰って行って根っこを掘り出す。

つるには黒い実がたくさん付いている。


掘り出した時は血が流れているようなオレンジ色の根っこ。

乾燥させると色はわからなくなり、からからになってしまう。色素が乾燥して無くなってしまうか心配になるくらい。



1晩、水に浸けておいてから煮出す。赤い色が出ること出ること。どこに色素を留めていたのか。不思議。

縦糸を染める。



緯糸を染める。

どんな色に染まってもそれなりに嬉しくなるが、こんな色は楽しくなる。



染液 の色素を残らず、頂戴する。

絹のスカーフ、ハンカチを染める。



茜草一日のひまに伸びのびてその長き芽の風に揺れゐる

こんな歌も、草木染する人の中にあった。−−愛するに至ればこそである。<山崎 斌>



.........日本茜(東洋茜)..........

色素の主成分はプルプリンといい、これは六葉茜に含まれるアリザリンとは違って、簡単に赤色にはならない。単に抽出して染めるだけでは濁った赤橙色になってしまう。掘り起こした根を水に浸けると黄色色素が溶出するが、この色素が染め色を濁らせる原因であろうと思われる。

江戸時代の『農業全書』には、前年のものなら一晩、今年取ったものなら二晩水に浸け、あくる日充分に水にさらしてから煎じるようにと、繰り返し水洗いして黄色色素を取り除くことが説かれている。

また、『延喜式』の茜の処方には必ず「白米」があげられている。これは、糊になる直前まで白米で煮て、繰り返し水洗いした日本茜の根を入れると、根の黄色色素が溶出して澱粉を黄色く染め、赤色色素だけを抽出することが出来る。このような手順を経た抽出液を用い、あらかじめヒサカキの灰汁で媒染しておいた絹を繰り返し染めると、現在遺品に見られるような美しい赤色を得ることができる。

平安時代に用いられた色名で、高官の冠の朱色の緒をあらわす「朱?」は、日本茜に刈安を掛け合わせたもの<吉岡幸雄著・自然を染める・参考>



.........インド茜..........

六葉茜とほぼ同じ性質を持つ。染色技法、色合いともよく似た染料。

六葉茜の根に皺ふぁ多く見られるのに対し、インド茜の根は5センチおきに節があるものの表面はなめらかで真ん中に小さな穴が通っている。

茜は他の赤系の染料と同じく、絹にはよく染まりつきますが、木綿や麻などの植物繊維には適していません。
そのため古代よりインドでは木綿布をインド茜で染めるのにすばらしい方法を考えつき、一般に「インド更紗」と呼ばれる鮮やかな彩色木綿布を生み出した。

媒染剤と染料の結合を良くするため、木綿布を前もって水牛の乳、ミロバランのタンニン酸に浸けて置きます。すると乳に含まれるたんぱく質が木綿に付着して、繊維がやや動物性に近くなります。また、タンニン酸には金属塩を固定しやすい性質があるため、ミロバランで下染めをしておくと発色もよくなるのです。

そして赤く染めたいところには明礬を、黒くするところには鉄塩を置き、沸騰したインド茜の染液に浸ければ、それぞれ反応して赤と黒の文様が現れ、媒染剤のついていないところは白く残ります。この方法を有機媒染と呼んでいます。

インドではこのほかに、CHAYと呼ばれる茜系のものも、おもにコロマンデル海岸やスリランカで使われていたようです。
さらに、日本名で八重山青木といわれているものがあり、これはインドネシア、フィリピン、沖縄などで赤色を得るときに使われています。<吉岡幸雄著・自然の色を染める・参考>



.........六葉茜..........

6枚の葉が輪生し、茎に細かい棘のあるアカネ科の植物。

染料となる色素は根に含まれ、成分はアリザリンです。通称西洋茜と呼ばれている。
確かにフランス、オランダ、イタリアなどの生産が広まって、ヨーロッパの赤色染料として重きをなしてきたが、もともと原産はインド、ペルシャあたりで、中世の十字軍の遠征の折にヨーロッパへもたらされ、牧草地で栽培したところ、多くの生産を見るようになった。
インド更紗の技法がヨーロッパに伝わり、17世紀よりその染色になくてなならないものだけに、需要は増してきた。

この染料は先媒染であるために、木綿、絹ともに明礬をさきに浸透させておいてから茜の染液につける。80〜90℃以上の保温が重要。<吉岡幸雄著・自然の色を染める・参考>

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