・・神様は不在(るす)・・

白い枠のドアは
海に向かって半開きになって
風がレースのカーテンを揺すっていた
波の音に砂がさらさらと流れた
ドアには斜めの日ざしがあたっている
部屋には長い間ひと気がない
沖で三角波が立って
ヨットが波と格闘していた

白い枠のドアは
海に向かって半開きになって
女神の裾のようなカーテンがなびいて
視界から逃れようとしていた
空気が海燕のにおいでみたされた
でも中にはだれもいない

太陽は傾き
白ペンキで塗られた枠のドアが
くっきりと影を伸ばしている
風がドアをバタンバタンさせる
貝殻がひとつ
パチンと音を立てて砕けた
旗は中空にはためいている

「留守だよ」と
誰かのしわがれた声が聞こえた
あれはアルメニア人の老料理番に違いない
彼が料理したアメフラシが
極彩色のマリネになって
楕円形の絵皿に
海ホウズキのサラダとともに
テーブルに並んでいるのだろう

巻貝の殻の無限の迷路に
私は迷い込んだようだ
どこまで行っても出口はない
三半規管の障害者である私は
ネプチューンの呪詛を
受けなくてはなるまい

海が白く光った
白ペンキの枠のドアの
向こうの海にはだれもいなくなった
ドアの前の三角形の陽だまりには
皮のサンダルが脱ぎ捨てられたままだ
神はとうとう現われなかった


.............

発表 『DEN』26 2003年9月
(「神の不在証明」改題)

倒れて後の作品

多田富雄 「歌占」より


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